開かずの金庫で河村家の国宝級!1800万円の逸品が!お宝総額は?




開かずの金庫で河村家の国宝級!

1800万円の逸品が!お宝総額は?

静岡県島田市の蓬莱橋の近く、

大井川鐵道のある情緒あふれる名所に

向かったのは、ビビる大木です。

そこは、1400年続く名家です。

開かずの金庫の依頼人の元へ行きます。

源頼朝の側近の子孫。

河村 隆夫さんです。

1973年に建てられた家は、

島田市の指定文化財になっています。

どんなお宝があるのでしょうか?

  1. 河村隆夫宅を訪問し国宝級のお宝を探す
  2. 金庫や短刀など価値のある物がザクザク
  3. 明治時代のお宝は?
  4. 河村家の奥間には何がある?
  5. 河村家は銀行に何を預けてる?

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1河村隆夫宅を訪問し国宝級のお宝を探す

河村 隆夫さんのお宅には

家の他には蔵が4つもあります。

貴重なものがゴロゴロあります。

河村 隆夫さん

「何にも買わない。何にも売らない」

ということを守ってきたと言います。

鑑定士さん2人が登場しました。

堀内 九一郎さん

と先ほど泣いてしまった鑑定士さんも。

無造作に置かれた絵が目に止まります。

東海道中膝栗毛の一場面。十返舎一九

無造作に置かれていて25万円です

保存状態が良ければ倍以上あるものです。

依頼人河村 隆夫さんもびっくりです。

手入れしていない鉄瓶。

こちらで40万円

依頼人「いつもここへ放置していた」

そう語る鉄瓶はなんと、

幕末から茶道家に人気の龍文堂だった。

机から、小さなあるものを発見しました。

象牙だと言います。

小さな象牙の印鑑が8万円です。

他にも名品があるそうです。

土間にある物を見ていきます。

小便器の文様が綺麗なものが75000円です。

かけっぱなしの笠が6万円です。

笠は、作られたのが江戸時代です。

かさ地蔵が被ってたような笠です。

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2金庫や短刀など価値のある物がザクザク

そして、金庫があります。

依頼人「金銭的な価値はないような

ものですけど私の家では

大事にしてきたものです」

短刀を取りだしました。

なんと、徳川家の紋が入っているものです。

150万円は値がつきます。

河村家がお林守りという役を受けた時に

いただいたものだそうです。

「吾妻鑑」の中に最初に登場するという

河村家

吾妻鑑

源頼朝から、一度は怒りを

買ってしまった河村家。

しかし、流鏑馬(やぶさめ)

が見事だったことによって、

源頼朝が許したのだそうです。

それからおよそ200年後

陥落して神奈川から静岡へ

武田家に仕えた。

その後、河村宗平さんが

お茶業を興した

常に歴史の表舞台に登場していた

河村家なのです。

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3明治時代のお宝は?

明治時代のウォルサム、金時計です。

100万円です

伊佐新次郎書の「寿」という

掛け軸。

軸装はしていないですが60万円です。

さらに江戸時代の短刀です。

短刀を見て、テンションが上がる鑑定士。

描かれているのは

獅子が擬人化して踊っているものです。

150万円の値がつきました。

博物館級のものです。

ここまでの合計

831万円です。

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4河村家の奥間には何がある?

奥間にはまだまだあります。

志戸呂焼のつぼ

80万円。110万円。

お皿は初期の伊万里。60万円。

古伊万里が2枚で120万円。

お皿が2枚で90万円

スナイドル銃。浜松県当時のもの。

100万円はします。

ここまで総額1356万円

です。とどまるところを知らない

お宝の宝庫。

5河村家は銀行に何を預けてる?

河村家が銀行に預けてある大切なもの

見せていただきます。

甲州金 戦国時代に武田氏の

もとで流通。8万円

天保小判。60万円

計120万円

冑佛。武士が冑の中に入れて

戦っていたもの。

仏の顔の大きさは5mm以下

値段は、ビビる大きもビビる値段です。

なんと、380万円です。

続いて、代々伝わる

室町時代から伝わる保存状態の非常に良い刀。

400万円です。

河村さんが急いで、しまっていました。

備前長舟永光 現存数が極めて少ない名刀

博物館にあるべき刀

値段をつけるのは大変失礼。

保存は銀行でもだめ、という鑑定士さん。

1800万円の値がつきました。

ガラスの中に入れておくべきものです。

河村さん「鳥肌が立ってきました」

鑑定額は、4421万8千円でした。

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開かずの金庫に何が入ってる?

実は、鍵を無くして眠り続けてきた

開かずの金庫があるそうです。

父親が亡くなるときに「金貨が20枚ある

と言われたそうです。

どこを探しても見つからない・・・

この金庫の中でしょうか。

依頼主は「古文書が出てくれば楽しみです」

教科書が変わるかもしれないです。

天才鍵開け師 奥間宏和が登場しました。

金庫は田中金庫製

奥間も聞いたことがない珍しい金庫

大正、あたりの金庫です。

神の鼓膜を持つ男

100万通りの数字を持つ金庫の戦いです。

金庫と向き合うこと、4時間。

奥間「開きました

河村さんが手を添えて、金庫の扉を開けました

中に、もう一個鍵があります。

二重扉です。

奥間「鍵が閉まっているということは期待できますね」

ついに、鍵が開きました

引き出しが3段ある桐の箱です。

1番上には何もありません。

2段目には、ハンコや父の入軍時の手帳、

父勝弘さんの写真。

一番下の引き出しにも入っています。

そこには紙幣が入っていました。
珍しい500円紙幣が6万円。
結果、65500円
開かずの扉に入っていたのは
父が残したものでした。
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河村家、すごいですね。

島田市観光協会によると

河村家の発生は永正(室町時代)以前に遡ることができます。
以来代々庄屋をつとめ、江戸時代に入って幕府より禄を受け苗字帯刀を許されて幕府直轄の山林を管理する「御林守」という役職にありました。
この建物は、寛政5年(1793年/江戸時代後半期)に建てられたもので茅葺寄棟造りです。
主屋は周囲を一間(1.8m)ごとに柱を立てるなどの古い形式をとっています。
間口の東側二間半は裏まで抜けた通り土間でした。
土間の上は天井裏を利用した物置になっていて、人が楽に立って作業できるほどの高さです。
土間及び今の上部に太くて力強い梁組を見ることができます。
奥座敷の天井は「武者張り」といい、武家の様式をもって造られています。
表側から次々に合わせて張り、弓矢で襲撃されたときの防御の工夫がなされています。
これから当時の、御林守としての生活をうかがい知ることができます。

と歴史のある名家です。

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