吉永小百合の思い出の曲は?借金取りも?家計の助けになりたくて【サワコの朝】




キューポラのある街で一躍有名になった吉永小百合さん。

子役の頃にはラジオをやっていました。

貴重な音源がTBSにありました。

11歳から始めた昭和32年。小学6年赤胴鈴之助では

自分と同じさゆり役を演じました。

「なんだか寂しいわ 私。」

「ええ 本当に早くね 待っているわ 私」

とラジオが流れました。

しのぶちゃんは藤田弓子さんでした。

当時TBSに親戚の人がいて両親に

「ぜひ出ては」と言って吉永小百合さんが

出ていました。

小学校の時に学芸会で「スズランの金」で

うさぎのお母さんの役をやりました。

音楽劇で歌も踊りもあって感動したという

吉永小百合さん。

父が事業に失敗して借金取りが

押しかけて、母がピアノで生計を立てていました。

なので家を助けたいと思ってやっていたそうです。

次は探偵のさくらちゃんという役を

単発をしていて。

高校に入ってから日活に入ることが決まりました。

2学期に入ったら体育の単位をくれないことになって

芸能の学校に変わりました。

「でもいやで、サボって映画館に行っていました」

違う新宿の高校に行って、学校に行きたくなかったので

音楽喫茶に行って音楽を聞いていると

都会にいるけど田舎の風景が思い浮かんで

交響曲第6番 田園

を聞いていた吉永小百合さん。

当時は1年に16本の映画に出ていました。

主役の映画や小林旭さんの相手役とか

あり両方出ていました。

睡眠時間が4、5時間。

家に帰れないで、スタジオのあるところで

寝ていました。

スタッフも倒れる方がいたので

9時から5時までにすることになって

早稲田大学に行くことにしました。

「怠け者なんですよ。何にもしないと

テレビ見たりする。何か義務を与えないと、

と頑張って。資格がないんですよね。

大学を受験する資格をとって(早稲田を)受験しました」

20代になって忙しくてストレスで

声が出なくなってしまいました。

「大きな事務所を持って、

そういう人たちのために働くのが

辛くって」

そうして休み、

28歳で15歳年上の方とバツイチの方と

結婚しました。芸能界のディレクターと

19歳から一緒に仕事をしていました。

事務所を畳んでしばらく家庭のことだけを

やってかしに行って買い物をしていました。

割烹修行もして、ときめいてやっていました。

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