黒沢かず子の多重人格は何歳?発症したのはいつ?症状は?




今日11月25日(月)20時57分から放送の

一番だけが知っているでは、森三中の

黒沢かず子さんが多重人格のharuさんに

密着しています。

haruさんと会って話すうちに

自分も多重人格がいた経験

話し始めた黒沢かず子さん。

黒沢かず子の多重人格は何歳?

発症したのはいつ?症状は?

についてお伝えします。

黒沢かず子さんは、

20代前半の頃にいた、一番年上の人は、

33才の人格でした。

33才なのになぜみんなが

20代と言うんだろう?と

戸惑ったことがあるのだと言います。

発症したのは20代前半です。

黒沢かず子さんは

診断は受けていませんが、

多重人格だったことがあるんです。

他には、5才、10才

人格がいたと言うから驚きです!!

黒沢さんは5才と10才の人格について

話し始めました。

年は取りませんでした。

ずっと、5才と10才のままでした。

黒沢さんはその5才と10才の子には

「今はあまり、会えない」

と言います。

33才の人格の人は

業界のことを言うの。

「すごい大人だった。

でも41才になって年齢を超えた」

黒沢さんはスタジオで、当時を

こう振り返りました。

辛いことがあるときに、

違う人を考えようと思った。

逃げ道としてそうやっていた。

「なんで小さい子が出たんだろう?」と

思ったら甘えてこなかった。

「かっちゃんね、かっちゃんこーする!」

と話していた。

人格を持っていたかどうかは

判断できていない。

ここまででも驚きですが、

取材するのは多重人格のharuさんです。

カメラの前で次々と人格が入れ替わります。

記憶にはルールがあり、

主人格の23歳haruさんは一部の記憶しかないです。

他の別人格同士は、全ての記憶があります。

結衣さんは女性。16歳。

悟くんは13歳の理系。

円周率を暗記しています。

はるとくんは、飛行機好きの6歳。

圭一さんはシステムエンジニア。

灯真くんはモチモチ好きな子。

タピオカを食べます。年齢は未定義です。

黒沢さんは「体育会系だから

(年齢が分からないと)気を使うよ。」

と話しました。

洋祐23才と、

圭一さんのみ歳をとります。

航介さんは車の雑誌を手に取ると

登場しました。

「初めまして、航介です。」

haruさんは1996年に生まれ、

システムエンジニアの父、母と祖父母と

暮らしていました。

3歳の頃、いたずらしようとすると、

いつも「男性の声」に咎められました。

父の他界と友達の自殺で

うつ病を患い始めます。

受験勉強を始めると、

ノートも書いた覚えがないし、テストを受けた

覚えがないのに、100点。

「でもみんなそうだと思ったんです」

なぜか成績が上がり始めたharuさん。

自宅で受験勉強をしようと思うと、

気がついたら10時間以上が経過。

勉強した記憶は全くなかったが、

成績は上がり続けた。

このとき、代わりに勉強していたのが圭一さんです。

自分が多重人格だとは夢にも思いませんでした。

高専に進んだharuさん。

大きな悩みが生まれました。

「女の子なのにすごいね。」

と言われるのが嫌でした。

実は、物心がついた頃から、

自分が男の子ではないことに

違和感を覚え始めました。

中でももっとも辛かったのが

当時付き合っていた男性と

「浴衣を着ないとならない」

とつらがりました。

結衣さんは「8月3日に生まれた。

8月6日に男性とデートにいく。

浴衣を着るのが辛かった。

人格を作れば女の子として生きなくていい

そこで私が生まれた。」

高専時代に多重性解離性障害と

診断されました。

10人のまとめ役の洋祐さんは

一番最初にいたお兄さんです。

haruさんのことを小さい弟のように

思っていました。

haruさんへの取材を通じて、

黒沢かず子さんが多重人格の過去を

カミングアウトしました。

黒沢かず子の多重人格は33歳、10歳、5歳です。

発症したのは20代前半、症状は3人の人格がいました。

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