適応障害から回復した経験談!1年間どんな風に暮らしてた?




こんにちは、honokaです!

実は、私、去年適応障害になりまして、

おかげさまで今は回復しました。

今回は、適応障害になって

回復したいと思う方に少しでも

お役に立てればと思い、

私の経験談をお伝えします。

もちろん適応障害は人それぞれに

症状が違って、一概には言えないこと

だらけです。

だからこそ、一個人の体験として

どのように暮らしていたのかを

記録しようと思うのです。

あなたの場合はどうしたらより回復に

向かうことができるかな?と思う

きっかけにしていただければ幸いです。

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適応障害になった私は1年間どんな風に暮らしてた?

2018年4月職場に新しい上司がやってきて

私のストレスはMAXになりました。

自分を責める日々でしたが、

友人に現状を話したところ、

「それってパワハラだよ!」と言い

友人が人事に掛け合ってくれました。

1年後まで頑張れば、

異動させてもらえそうでしたが、

6月には既に状態が悪化。

適応障害と診断されたのは2018年の6月。

うつ状態でした。

職場では涙が出てしまうようになり、

人と話すのが恐怖でした。

会社に向かう電車に乗るのが怖くて

立ちすくむ日もありました。

私は3児の母なのですが、

女性上司は結婚しておらず、

子供がいるのが気に入らない様子でした。

そして、うまく行くと怒られ、

上手くいかないと怒られる、

何をしても毎日怒られていました。

その時は気づかなかったのですが、

後から振り返ってみると、

女性上司は、子育てしながら楽しく働いている私に

嫉妬していたようです。

症状悪化の引き金になったのは

「あんたみたいなのが嫌いなのよ!

血圧上がっちゃうから近づかないで!」

と仕事の相談に行った時に言われたことです。

そんなこんなで休職しました。

6月から3ヶ月ほど

しばらく布団で過ごす時間がありました。

とはいえ子供の保育園の送り迎えや

洗濯物を干したり、料理をすることは

継続していました。

子供は夜遅くまで帰ってこなかった私が

家にいるようになって、

しばらくはしがみついてなかなか離れませんでしたが

次第に笑顔が増え、離れていても大丈夫になり

保育園に笑顔で通えるようになりました。

無駄なことに時間を使ってサービス残業をして

帰れない日々、子供に対する

申し訳なさが大きかったです。

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適応障害から回復し始めた

適応障害と診断されてから

初めは布団に入って泥のように眠る日々でした。

なんとか起きて最低限の家事をしていましたが

医者から「昼間は起きて夜寝る生活をすること」

と言われ、夏になると普段の生活ができるようになりました。

その時心がけていたのは

なんにしても、無理をしないこと。

できない日があっても、焦っても、

そんな自分を許そうって思うこと。

明るい日々を思い出そうとしても

思い出せませんでしたが、

「いつか、また明るい気持ちになれる」

と祈るように過ごしていました。

とにかく焦りは湧いてきましたが、

その度に、打ち消していました。

そして、自分が楽しめそうなことで

やれそうなことはお金を注ぎ込んで

やりました。

子供と過ごす時間がなかったので

子供とプールに行ったり、

親と食事に行ったり、

好きな食べ物を食べたりしました。

何をしていても、

頭が灰色でくらい感じが取れませんでした。

10月になると強烈な怒りが湧いてきて

仕事を辞めてやる!と

思いました。

医者に話すと

「仕事を辞めたいってことは病気が

まだ治ってないってことだ」と

言われてムカつきました。

私は「それなら復帰します」

と話して復帰することにしました。

いつの間にか自分の中に

強い意志が生まれていました。

体調は優れない日もありましたが、

職場から離れて束の間の自由を感じることが

できました。

こうして回復してきた私は

仕事に復帰することにしました。

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適応障害から就労訓練で苦痛に

適応障害の症状が回復してきたので

就労訓練に行くことになりました。

医者からは「同じ上司のもとでは

復帰できない。」と判断してもらい、

別の係長のもとへ配属してもらいました。

課に訓練に行くと元の上司がいるので

同じコピー機を使うのが苦痛でした。

息が苦しくなると、更衣室に行って休憩していました。

朝礼では声を聞くのが苦痛で、

朝礼に出れない日もありましたが、

耳栓を買ってつけているうちに

だんだん元上司の声が

気にならなくなっていきました。

周囲の職員が本当に気を使ってくれて

「honokaさんには簡単すぎるかもしれないけど」

と書類の付け合わせを依頼してくれました。

当時の私にはその作業が

とてもとても自分にはできないような

難しい作業に思えましたが、

やってみると、できる。

その繰り返しでした。

私の場合は、できるとしても

「私にはできない」と強く思ってしまう病状でした。

それを以前から知っている仲の良い同僚に話すと

「できているのに、できないと思ってしまうって

本当に病気なんだね」

と言いました。

この言葉は私の中では大きな気づきでした。

「できているのにできないと思い込む症状だ」

と改めて言ってもらえたことで

「実は私にもできることがあるんじゃないか?」

と思えたのです。

今振り返ってみると、

不安がとても強いが為に、

「できない可能性」を大きく

見積もってしまっていました。

「できなかったらどうしよう」

と思い、その先が思い浮かびませんでした。

今なら

「きっとできる」

「できなくても何とかなる」

「できなくても大丈夫」

そんな風に思います。

小さな作業を繰り返して

「できないかも」を「やってみたらできた」

に変えていくことで、

自分に自信を取り戻していきました。

そして晴れて正式復帰し、職場を異動しました。

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適応障害から回復!

元上司の元を離れて2ヶ月が経過し、

薬を減らしていくことになりました。

適応障害から回復していたのです。

新しい職場では、仕事を覚えていくうちに

いつの間にか周囲の職員と笑顔で

話せるようになっていました。

いい上司に巡り会えたことも幸いしました。

6月には薬を断薬できました。

適応障害になり薬(イフェクサー)を飲み始めてからやめるまで

薬をやめてから4ヶ月経過し、

改めて心が軽く、色々なことに挑戦しようという

意欲が湧いてきました。

その間、喘息を発症したり、腰痛が出てきたり

なかなか体調が安定しませんが、

それでもだんだんと良くなっています。

薬の影響からか、ストレスでお菓子の食べ過ぎか、

結構太ってしまってズボンがXLだったのが

またMサイズを履けるまでにサイズダウンしました。

適応障害から回復した経験談、

いかがでしたでしょうか?

1年間こんな風に暮らしていました。

誰にでも、心が弱る時はあります。

相性の良くない人と一緒に過ごして、

精神的に参ってしまうこともあると

思います。

逃げれるならすぐに逃げましょう。

逃げることができたなら、

できる限りストレス源のことは

忘れて暮らしましょう。

平穏な日々があなたの中に戻ってきたら、

その後にまた挑戦すればいいと思います。

少なくとも私はそうやって

ゆっくり、ゆっくりと、自分の回復を見守ってきました。

自分を責めることがあっても、

それに気づいたらやめればいいんです。

もし、責めている事に気づいたら

「頑張ったね、偉いね」と頭を撫でていました。

適応障害からの回復には

「急がば回れ」

が必要です。

自分を甘やかして、許して、たくさん

愛情を与えて、それでやっとちょびっとだけ

回復するのです。

一進一退しながら。

適応障害を発症する前に

たくさんたくさん我慢して、

ストレスを溜め込んできたのだから、

それを解消してあげるには

たくさんたくさん自分の喜ぶことを

しましょう。

すぐにできなくても大丈夫。

ゆっくりゆっくり、回復していきましょうね。

私もこれからもうちょっと

ブレーキを外してスムーズに

前に進んでいきたいので、

これからも、心に余裕を持ちながら

自分のことを大切にしようと思います。

では、幸運を祈ります!

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